ファミリズムの再発見/目次
「ファミリズム」論 井上眞理子 -----3
1.ファミリズムとは-----5
コンティンジェントな親の愛−−愛の「腐敗」/友愛(companionship)の幻想/抑制的個人主義から表現的個人主義へ/表裏一体の自立と依存
2.日本ではいま-----15
離婚と「不倫」/老後をどうするか/シングル志向


第一章 障害児の親と新しい「親性」の誕生 石川 准 -----25
1.悲嘆の過程からの脱出-----25
2.社会は存在証明を要求する-----27
3.親はいつまでも社会のエージェントであり続けるのか-----35
4.親が子供を救うのではなく子供が親を救う-----40
5.新しい「親性」を発見する父親-----49
6.新しい文化が創造される現場-----52


第二章 家族と感情の自伝−−喘息児としての「私」−− 岡原正幸 -----60
はじめに-----60
1.感情的社会学という手法-----62
2.喘息児という「私」-----67
小児アレルギー性気管支喘息/発作の兆候と不安/不安の感情共同体/傲慢な負い目
3.「メジヘラー」−−自立の契機と挫折−−-----86
自立の契機/罪悪感と自立の頓挫
おわりに-----92


第三章 閉ざされた扉の後ろの不条理な「愛」の世界−−家族の中の子ども−− 井上眞理子 -----96
1.子ども虐待現象とその説明-----98
子ども虐待とは/子ども虐待の定義/子ども虐待はなぜ,どのようにして発生するのか/子ども達の怒り
2.子ども虐待の一般化-----115
「完全な親」志向/現代の社会的性格としてのナルシシズム/子育てのテーラー・システム
3.家族の愛-----123
家族の愛とは/「動物的」愛を可能にする文化的訓練


第四章 老人虐待をめぐって−−老人の「依存」と高齢者の「自立」−− 杉井潤子 -----131
はじめに-----131
1.「老人虐待」という現実-----132
老人虐待の実相/老人虐待とは−−定義要件/調査データからみる老人虐待/老人虐待にみる「老人」と同居近親との相克/「老人よ,自立せよ!」
2.「老人」から「高齢者」への動きのなかで-----149
「老人」と「高齢者」/「高齢者」という存在
3.「高齢者」としての落とし穴−−自立幻想−−-----158
「高齢者」と家族/自立する,主体的「高齢者」像の希求の反動/「老化」の否定,そして「老人虐待」へ
おわりに−−「高齢者」としての新たなライフスタイルの創造−−-----167


第五章 父親のゆくえ−−自立と依存のはざまで−−伊藤公雄 -----171
はじめに−−「父親論」の時代−−-----171
1.日本のお父さんたち−−父親たちの現在−−-----173
2.女性問題としての父親論−−性別役割意識を超えて−−-----183
3.男性問題としての父親論−−傷つきやすい男たち−−-----186
4.ゆらぐ近代家族−−父親論とファミリズム−−-----189
5.父親であること/父親になること−−男たちの自己再発見−−-----193
6.父親像のゆくえ−−自立と依存のはざまで−−-----198


第六章 家族をめぐる世俗性と脱世俗性 大村英昭 -----203
1.オオヤケとワタクシ-----203
エリート文化の大衆化/「滅私奉公」の精神/「蒸発」も「教育家族」も/世間体と「世に出る」こと
2.共同信仰と「女の宗教」-----207
“ヘソクリ”の話/「ワタクシ」の威力/共同体と「ワタクシ」/女の宗教
3.共同性と自立性-----211
「ワタクシ」を生み出す共同感情/「イエ」と「ウチ」
4.デュルケムの私権論-----213
国家がつくる個人/高杉晋作と坂本竜馬/人格崇拝
5.個人所有権の起源-----216
市民宗教と「ワタクシ」/タブーと私有/個人のタブー化/タブーと「ワタクシ」/個人を犠牲にした近代化
6.現代社会の「滅私奉公」-----221
新しい「オオヤケ」,会社/ひとり娘が嫁に……/ホーム・チャペル/昔の“尋卒”今の高卒
7.中間層の“ハビトゥス”-----228
「禁欲のエートス」とは違う/平準化と画一化/「文化疲労」か?/古い「文化資源」の涸渇/「勉強」のすすめ/“ガンバリズム”の完成
8.家族,この宗教的なもの-----233
オオヤケからの撤退/イエからウチへ/“ストレスフル・ファミリー”
9.“パブリック・ファミリズム”へ-----237
ウチの萎縮とイエの肥大/イエではない,ウチの宗教/競争原理のイエ


あとがき -----243



to TOPボタン  トップページに戻る  ┃ プロフィール著書、訳書目次